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【読書メモ】『狭小邸宅』 新庄耕 

 

狭小邸宅 (集英社文庫)

狭小邸宅 (集英社文庫)

 

不動産営業(一戸建ての販売)をテーマにした小説です。

不動産営業と聞くだけで明らかにブラックな業界をイメージしますが、想像を超える悲惨な世界が描かれています。上司からの理不尽な罵詈雑言や暴力は当たり前、毎日終電まで仕事、一日も休みがない…などなど。

この小説に出てくるほどひどい会社が現実にあるとは思いませんが、少なからずこれに近いものがある業界なんだろうと思ってしまうくらい、リアルに書かれています。不動産営業の数々のテクニックや裏事情も面白いです。



主人公は高学歴だが、新卒で他にやりたい仕事もなく、何となく不動産会社に入ってしまった若手社員。数字だけが全ての世界で、全く数字を上げられず、毎日上司から罵声を浴びせられ、暴力を受けている。それでも同期のほとんどが理不尽な環境に耐えきれず辞めていく中、一年以上仕事を続けています。

学生時代の友人はホワイトな大企業で働いている、歩合の高給が欲しいわけではない、肉体的にも精神的にも限界、学歴があり若いので辞めればもっとましな仕事が見つかる、という状況。それでも主人公はなぜか仕事を辞めません。

主人公は3か月間数字が上がらず、ある時、職場で一番仕事ができる上司からキツい言葉を言われます。

「自意識が強く、観念的で、理想や言い訳ばかり並べ立てる。それでいて肝心の目の前にある現実をなめる。一見それらしい顔をしておいて、腹の中では拝金主義だ何だといって不動産屋を見下している。家ひとつまともに売れないくせに、不動産屋のことをわかったような気になってそれらしい顔をする。客の顔色を窺い、媚びへつらって客に安い優しさを見せることが仕事だと思ってる」
「いや、お前は思ってる、自分は特別な存在だと思ってる。自分には大きな可能性が残されていて、いつか自分は何者になるとどこかで思ってる。俺はお前のことが嫌いでも憎いわけでもない、事実を事実として言う。お前は特別でも何でもない、何かを成し遂げることはないし、何者にもならない」

この言葉は刺さりました。私もプライドだけ高くて仕事ができない、自分を特別だと思っているダメ社員でしたので…(今でもそうかもしれませんが)。

いい大学を出たけど大きな苦労をしたことがなく、社会に出て初めて壁にぶつかる。仕事を辞めたいけど、辞めると自分がダメな人間であることを認めることになる、自分に負けることになる気がするから意地で続ける。社会人になって最初の3年くらい、そんなことを考えながら仕事を続けていたことを思い出しました。

「仕事が辛くて辞めたいけど辞めない」という人の中には、こんな風に自分との闘いというか、葛藤しながら仕事を続けていく人も多いのではないでしょうか。そして、そのうち良くも悪くも会社や仕事に慣れていく。
 
こうした考え方を「社畜」とか「辞める勇気がないだけ」と揶揄する人もいるでしょう。そのとおりかもしれません。
 
しかし、「仕事できる人が会社を辞める」のと「仕事できない人が会社を辞める」のは雲泥の差があります。少なくとも新卒で大した仕事ができないのに、「意味のない会議が多い」とか「意思決定が遅い」とか会社の粗を探し、「見切りをつけた」などと言って辞めるよりは、社畜でもしっかり仕事を続けていく方が価値があると思います。

同じ辞めるにしても、素直に仕事ができなくて辛い、人間関係がうまくいかない、など素直に原因と向き合えるのであればいいのですが…。
 


この小説の主人公もいろいろ葛藤しながらブラックな仕事を続けていきます。仕事が辛くて悩んでいる人(特に営業職の人)におすすめしたい小説です。読んでも全く明るい気持ちにはなれませんが、「自分はなぜ仕事を続けているのか」ということを考えさせてくれる作品です。